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大阪高等裁判所 昭和39年(う)1148号 判決

被告人 中西敏一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審の未決勾留日数中一八〇日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人宮崎乾朗作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意第一について

論旨は、原判決は証拠の標目掲記の各証拠により判示各業務妨害罪を認定したのであるが、掲記各証拠は何れも判示事実を証明する証拠とはならず、これらの証拠を列挙しても判決に理由を附したものとはいえず、少くとも摘示証拠から判示事実を認定することは論理上、経験上の法則に照して不合理であるから、原判決には理由不備の違法があるといわねばならないと主張する。

よつて、原判決の挙示する各証拠を精査して検討するのに、右証拠には本件各犯行が被告人の所為にかかることを直接に立証するものはなんら存しないけれども、原判決の挙示する各証拠によれば以下の事実が認められる。すなわち、(一)本件各犯行は仏具商極楽堂こと山下正及び畳商西本松太郎に対する業務妨害の点を除きいずれも青木豊三方家人を装つて各被害者に対し虚構の注文依頼をすることにより右青木を困惑させることを企て、前記山下正及び西本松太郎に対する犯行は青木豊三方自宅の真向いにあり同人と懇意の間柄にある東三郎方家人を装つて右山下正、西本松太郎に対し虚構の注文依頼をすることにより間接に青木を困惑させることを企てたもので、その同種一連の犯行の態様からして青木になんらかの遺恨ないし敵意を抱いているものの仕業とみられること。(二)右青木豊三は昭和二二、三年頃大阪北浜で被告人と株式相場を張り合つていた間柄で、証券取引所が再開されるに及んで右相場をやめ被告人に二万円の債務を負つたままで相互に交渉を絶つていた。その後被告人は青木が事業に成功したことを知り、金銭に窮していたところから昭和三六年一二月頃青木の許を訪ね同人から二万円を貰い、昭和三八年には被告人が穀物取引業大津屋商店の外務員をしていた関係から青木に頼んで右商店に生糸の清算取引の注文をして貰うなどして同人から好意ある取計いを受けていたが、同年七月中頃住居地の北九州市から青木に金員の融通を申し入れたところ意外にも断わられたので同年八月七日頃大阪の青木に会つて直接懇願してみたが又もやにべなく断わられこれを恨みに思つていたこと。(三)青木には、右被告人の場合を除いて、他人から恨みを受けているような事情がない上、本件犯行は青木が被告人の懇願を断わつた翌日頃から開始されていること。(四)本件犯行が引続いて行なわれている最中、被告人は郵便をもつて、青木に対し「どちらにしても事今日に至つた以上解決に積極性なき限り初まりはあつても終りはない。解決するまでは他の行動に入る訳にはいかないのでいつも近くにいる。誠意のない場合正道としては近所の人や娘久子の学校の先生といつた良識ある人に訴えて善悪をはつきりさせる。邪道としては組関係の取立専門家に事件を売る。」旨、東三郎に対し「青木から借りている五〇万円を何とか決済してやつてくれ。もし返済ない場合は何とか手を打たねばならない。心して善処せよ。」なる旨それぞれ申し入れ、不当の手段に訴えるべきことを暗示していること。(五)同年八月二九日青木が被告人の指示により前記大津屋商店の事務員を通じて被告人に対し一度青木方にきて話合つたらどうかと申し入れ、被告人との交渉に応じてもよい態度を示し始めてから間もなく本件行為は打ち切られ、被告人が逮捕された後この種の行為は全く跡を絶つにいたつたこと。(六)被告人は同年九月九日青木と会い同人から「お前何でこんな馬鹿なことをするんや。」と詰問され、にやつと笑いながら「しようおませんやろ。」「悪いと思つてます。」「アメリカでも原子爆弾落して謝つたらしまいでんがな。こんなの謝つたらしまいでんがな。」などと放言し、暗に被告人が本件犯行を続けていたことを認めるような態度を示していること。(七)被告人は柳原豊次郎に対しビル売買に関連して二〇万円を要求し、更に斎藤勇一に対しビルの裏の小屋を勝手に撤去したと難癖をつけて五万円払えと要求し、いずれもその要求を拒絶されるや右柳原、斎藤に対し本件と同種のいやがらせ行為を敢行した形跡があること、以上の各事実が認められるのであり、これらの事実を総合すれば、被告人は青木豊三に金員貸与を懇願して拒絶されたことを恨みに思い同人を困惑させる意図の下に本件各犯行に及んだものであると推断するに十分である。なお、所論によれば、被告人は判示別表第六の犯罪を犯したとされている昭和三八年八月一七日午前五時大阪を発ち鳥取に行き、鳥取から小関昭次に宛て記念スタンプを押した葉書を出している事実が認められ、少くとも判示別表第六の犯行がなされた時日に被告人が右犯行をなしえない状態にあつたといい、アリバイを主張するが、所論の引用する原審公判廷における証人小関昭次および被告人の供述を検討するのに、証人小関昭次は被告人から鳥取発信の葉書を受け取つたのは八月中頃と思う旨供述し(記録第二六一丁)、被告人は八月一六、七日頃鳥取に行つた旨供述し(記録第二二一丁)ているのにすぎないのであつて、右各供述のみによつては被告人が原判示別表第六の犯行のあつた当日鳥取にいたとの事実を認定し難く、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はひとつもない。これを要するに、原判決が挙示の各証拠により同判示のとおり認定したのは相当であつて、原判決は所論の如く論理則、経験則に反し理由不備の違法があるものとは認められず、論旨は理由がない。

控訴趣意第二について

論旨は、仮りに被告人が原判示の各所為をなした事実が認められるとしても、右各所為は軽犯罪法第一条第三一号に規定する悪戯による業務妨害罪をもつて処断すべきものであつて、原判決が刑法第二三三条の規定による偽計業務妨害罪をもつて処断したのは法律の解釈適用を誤つたものであるというのである。

しかし、原判決の挙示する各証拠により認められるように、本件各犯行はいずれも被告人が青木豊三を困惑させる意図をもつて、昭和三八年八月八日頃大阪市南区難波新地三丁目三〇番地昆布商小倉屋本店に電話をかけ、電話口に出た同店店員に対し同市住吉区万代東二丁目四九番地に居住する青木豊三の家人のように装い、同日午後七時までに塩昆布一、〇〇〇円の詰合せ八箱を配達して貰いたい旨あたかも青木が本当に注文する如く申し向けて虚構の注文をし、右店員をして真実右青木から注文があつたものと誤信させ、同日同店店員をして前記小倉屋本店から青木方居宅まで注文品配達のため赴かせることによつて前記の意図を達する一方、注文した覚えのない青木方ではもとよりその受領を断わつたので、右配達業務を徒労に帰せしめて小倉屋本店の業務を妨害した外、原判決別紙一覧表記載のとおり同月一〇日頃から同月三一日頃までの間前後一六回に亘り前同様の方法により同市天王寺区椎寺町三七番地菓子商「芦辺あられ」こと梶山松人方ほか一五ヶ所に電話をかけ、それぞれ前記青木豊三又は同人の真向いに居住する東三郎の家人を装つて虚構の注文依頼をして前同様誤信させ、前記梶山松人らをして同表記載の如き徒労の業務を行わせ前同様の意図を達すると共に右梶山松人らの業務を妨害したもので、このように本件被害者らが被告人のした虚構の注文依頼の趣旨に応ずる行為に出て初めて被告人は青木豊三を困惑させる意図を実現しうるわけであるから、その目的達成のためには被告人としては先ず被害者らを欺罔し錯誤におとし入れて前記の行為をとらせること、いいかえれば、同人らの業務を妨害する結果を招来させることが是非必要である。さればこそ、被告人は右結果の招来を意に介することなく、本件各被害者らに対し電話によつて真実前認定の如き注文依頼があつたように慎重巧妙に同人らを欺きとおし、その錯誤を利用するという策略手段に訴えた次第であり、その動機、目的、態様に照し右の手段は軽犯罪法第一条第三一号にいう悪戯と目しうる程度を超え、刑法第二三三条にいう偽計に該ると解するのが相当である。又、同法条の規定する業務妨害罪の犯意は行為者が積極的に他人の業務を妨害することを意欲する場合に限られるものではなく、業務妨害の結果を惹起することの認識があるだけでも足りると解すべきことは他の犯罪一般におけると同様であつて、業務妨害罪の成立には業務を妨害せんとする意図を要する旨の所論見解は採用できない。所論指摘の判例は必ずしも、右業務妨害罪の犯意につき業務妨害の意図を要するとの見解に立脚したものとは解しえない。それ故、原判決が被告人の本件犯行を偽計を用いて他人の業務を妨害したものとして刑法第二三三条を適用処断したのは正当であり、原判決には所論の如き法令の解釈適用の誤はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三について

論旨は原判決の量刑は不当に重いと主張するが、本件記録および原裁判所で取り調べた証拠により認められる本件各犯行の動機、態様、罪質、回数および被告人の前科その他諸般の事情を総合すると所論を斟酌考慮しても、原判決が被告人を懲役八月の実刑に処したのはその量刑が不当に重いとは認められない。しかし、原判決が原審未決勾留日数二六八日(所論の算定した二七一日は逮捕状による拘禁日数を含めたものの如くであるが右拘禁日数は未決勾留日数の通算の対象にはならない。)のうち僅か九〇日を本刑に算入したのは本件審理の経過に照しいささか不当であると認められるから、結局量刑不当に関する論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い当裁判所において更に判決する。

原判決が確定した事実にその挙示する各法条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥戸新三 浅野芳朗 佐々木史朗)

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